「コールサック」日本・韓国・アジア・世界の詩人

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柴田 三吉 (しばた さんきち)

略暦
1952年 東京生まれ。
季刊詩誌「Junction」を草野信子と発行。
詩集『さかさの木』『わたしを調律する』『遅刻する時間』『非、あるいは』ほか。

日本詩人クラブ新人賞、壺井繁治賞を受賞。




【詩の紹介】

文法


愛が詩でしか伝えられないように、詩でしか伝えられな
いものが世界にはある<それはときに、ながれる水の哀
しみであったり、かぜを待つ梢の孤独であったり、語ら
れてしまった心の淋しさであったりするが>。詩でしか
伝えられないもののために、くちびるのうえでことばは、
わずかにはにかみ、咽喉をくすぐる息に乗り、折り目の
まがった紙ヒコーキのように飛びたっていく。ことばが
まだことばであることに気づかぬまに、詩であることに
気づかぬまに、わたしは、ちいさなたましいの緒を切り
離し、濡れたままあなたに差しだす。そのとき、ことば
は世界を振りかえり、自分がなにものであるかを知って
から、ふたたび空へ解きはなたれていくのだろう。愛も
詩もいちどだけの文法<それがきょうのわたしの思想だ
から>、世界がもう詩を読まなくなったとしても、わた
しは書きおえることがない。闇をにじませる、しろい乳
房のような月に照らされたくちびるが、永遠の推敲のよ
うに、ふたつのピリオドを隠してしまうから。


 (「COAL SACK35号」より)

 

十一月の冴えた月明の裾に


山の斜面から 手が生えている とみえたの
は 白樺の疎林 乳白色の 硫酸の霧に足を
ひたし 樹皮は剥がれ 肉は朽ち 関節は折
れ 風に揺れ それでも骨の梢で はじける
鳥を つかもうとしている わたしはかけよ
って ふるえる手を握りしめたかったが 未
来を囓るように 列車の窓は こわれた風景
を 十一月の冴えた月明の裾に 置き去りに
し 海へと急いだ あれは時の汀に埋められ
た だれかの 絶望の手だった? わたした
ちの 幸せな世界 リリパットにそそぐ 巨
人の手? それとも ガリバーを文明の下に
埋めた スウィフトの手だったろうか? 風
になぶられ いくたびも幹を振りながら 木
は わかれをつげた 暮らしを急ぐものたち
へ 旅立つわたしへ あしたを振り向かない
世界へ 山の斜面を 左右に揺らしながら


   (「COAL SACK36号」より)

 

ミャンマーの男たちは


ミャンマーからやってきたと、三人の男は言った。真冬
だというのに素足にズック靴。頭から埃をかぶった男た
ちに、さむくはないかときいた。さむいさむい。日本で
最初に覚えたことば。きついね。それが二つ目のことば。
きのうは暖かいところで楽だった。お風呂がいくつもあ
って、若い女がたくさんいるところ 。男たちは廃材を袋
に詰めトラックに運ぶ。コンクリートの破砕片を百袋も
二百袋も、肩に担いで運びつづける。││むかしはビル
マだったね。コンビニの弁当にお茶を注ぎながら、彼ら
はうなずいた。アウンサン・スーチーを知っているよ。
顔を見合わせて口をつぐむ。しばらくして年長の男が立
ち上がり、クニの米はこんなにねばねばしてなくていい
匂いがする、ビルマの米はもっとよかったよ、と言って
お堂に合掌し、風に吹かれて仕事に戻った。翌日、彼ら
は現場にこなかった。かわりに若い手配師がやってきて、
夜中に手入れがあったと報告した。二十日分の支払いが
もうかった、代わりはすぐに見つかるさ、と男は笑う。
彼らは昨夜、どこでからだを寄せ合っていたのだろう。
風呂につかり凍えた指先をほぐしたろうか。クニの米は
もっといい匂いがする、と言ったミャンマーの男たち。
ビルマの米はどんな匂いだったのだろう。

 

  (「COAL SACK41号」より)




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